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8話 禁忌の研究

last update Last Updated: 2025-10-16 08:00:23

菜園《さいえん》の連絡を待っている銘刀《めいとう》は中断された攻撃に不信感を抱いていた。自分の情報を守る為に対応に追われていたが、急に動きが止まった。それから過去の研究資料を探りながら定期的に様子を見ていたが、何のアクションもない。指を動かし続けていた銘刀《めいとう》は、考え込む時間を作る為に全ての作業を中断させていく。

「終わったのか?」

「まだだ……ちょっとな」

誤魔化《ごまか》す言葉も思いつかない様子。そんな銘刀を不思議そうに見つめている風間《かざま》は自分用に買っていたブラックコーヒーを彼に差し出した。

「少し休んだ方がいい。姫柊《ひめはぎ》の方は菜園《さいえん》が向かったんだろう? 彼女に任せとけば大丈夫」

少しでも不安が残らないようにと配慮《はいりょ》を見せてくる風間《かざま》。そんな彼の言葉に反応を示すと、気に入らないよう。バッと缶コーヒーを掠《かす》め取ると、すぐさま飲み干していく。本来ならブラックは飲まない銘刀《めいとう》だが、こんな状況だからこそ贅沢《ぜいたく》は言ってられない。

「おいおい。ゆっくり飲めよ。じゃないと休憩《きゅうけい》出来ないだろ、性格上」

「俺に休憩を求める事が間違っている。作業している方がいい気分転換になる」

何をムキになっているのだろうか。銘刀の機嫌《きげん》を損《そこ》なう言葉なんて言った覚えはない。振《ふ》り絞《しぼ》る記憶を辿《たど》りながら、一つの可能性に辿り着いた。銘刀はさっきの言葉が気に入らないのではないだろうか。菜園《さいえん》の能力を買って言った言葉が違う意味として捉《とら》えられているのではないか。

そう考えると、無機質《むきしつ》な雰囲気を醸《かも》し出している銘刀《めいとう》でも改めて人間だと知る。菜園《さいえん》に対しての信頼が深いからこそ、触れられて欲しくなかったのだ。彼女はそれほど銘刀に認められている存在だった。

いつもなら菜園《さいえん》から連絡が入ってくる時間だ。姫柊《ひめらぎ》を助け出す事がメインだが、それ以
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